大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1647号 判決 1978年6月28日

控訴人(附帯被控訴人)

五十嵐昭三

右訴訟代理人

猪瀬敏明

被控訴人(附帯控訴人)

株式会社山下企画

右代表者

山下登

右訴訟代理人

松村弥四郎

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求及び附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決及び附帯控訴に基づき「原判決中被控訴人敗訴の部分のうち金四八万五〇〇〇円の請求を棄却した部分を取り消す。控訴人は、被控訴人に対し、金四八万五〇〇〇円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  被控訴代理人は、請求原因として、次のとおり陳述した。

1  控訴人は、訴外株式会社ひかり通信社(東京都中央区銀座一丁目三番六号横山ビル所在)の代表取締役をしており、被控訴会社とは順調な取引をしていたので、被控訴会社は、控訴人を信用して取引していた。

2  控訴人は、右ひかり通信社が約二八〇〇万円に上る多額の負債を抱えて金融に窮していたので、債権者から責任を追及されても強制執行を免れることができるように、昭和四八年一〇月二五日右ひかり通信社とは別に同一所在地に訴外株式会社ライオン企画を設立し、看板替等を準備した上、被控訴会社の信用を得ていたのを奇貨として、手形上の正当な権利移転名下に不正の金銭上の利得を得ようと企て、以上の事実を秘匿し、支払の意思も能力もないのにかかわらず、あえて別紙目録記載の各約束手形の振出し又は書替えをして被控訴会社に対する借受金債務の弁済のために交付した結果、右各手形の不渡りのため被控訴会社に対し各手形金同額の合計金四六四万円の損害を被らしめた。

3  控訴人の右行為は、被控訴会社に対する民法七〇九条の不法行為である。そこで、被控訴会社は、やむなく弁護士松村弥四郎に本件訴訟を委任し、昭和五〇年四月三日、同弁護士に対し、手数料として金二万五〇〇〇円を支払うとともに、第一審のみならず上訴審及び強制執行手続を通ずる成功報酬として右損害金四六四万円の約二割に相当する金九二万円の支払を約した。そして、現に、本件訴訟は控訴審に係属しており、また、原判決の仮執行として、同弁護士は債権差押・取立命令の手続を追行している次第であるから、右金九二万円は、本件の成功報酬として決して高額ではない。

4  仮に右不法行為が認められないとしても、控訴人は、ひかり通信社の代表取締役であるから、その職務を行うにつき悪意又は重大な過失によつて、被控訴会社をして手形取得に伴う損害を被らしめた。したがつて、控訴人は、商法二六六条ノ三の規定により、被控訴会社に対して前記損害を賠償すべき義務がある。

5  よつて、控訴人に対し、弁護士費用を含む右損害金合計金五五八万五〇〇〇円及び内金四六六万五〇〇〇円に対する本件訴状送達の翌日たる昭和五〇年四月二四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める(ただし、右附帯請求中原判決が認容した金四六四万円に対する遅延損害金を超える部分については、附帯控訴による不服申立てをしない。)。

三控訴代理人は、請求原因に対し、同1のうち、控訴人が訴外株式会社ひかり通信社の代表取締役をしており、被控訴会社と順調な取引をしていたこと、並びに、同2のうち、昭和四八年一〇月二五日訴外株式会社ライオン企画が設立されたこと(ただし、その代表取締役は塩坂宏である。)及びひかり通信社が別紙目録記載の各約束手形の振出し又は書替えをしたことを認め、その余の請求原因事実(同2のうちの訴訟経過に関する部分を除く。)を否認し、なお、次のとおり述べた。

1  ひかり通信社は、昭和四五年一二月一日ロツテ商事の約束手形の割引を受けて以来、被控訴会社から長期の融資を受けてきた。すなわち、同社は、当初、同月三日に金一〇〇万円・同月七日に金二〇〇万円(甲第一号証の一、第一一号証)を借り受け、右金一〇〇万円は一箇月後に返済したが、更に、翌昭和四六年五月一〇日には金二〇〇万円を借り受けたのであり、いずれも返済期の定めのないものであつた。

2  ところで、ひかり通信社は、右金二〇〇万円ずつ二口の借受金のうち、当初の分については、被控訴会社の求めにより昭和四七年一二月に内金一〇〇万円・昭和四八年七月に内金五〇万円を返済し、各返済の都度、被控訴会社から改めて同額の融通手形の振出しによる信用供与を受け、また、二回目の金二〇〇万円についても、同じく被控訴会社の求めにより昭和四六年一二月に内金五〇万円・昭和四八年一月に内金一〇〇万円を返済し、各返済の都度、被控訴会社から改めて同額の融通手形の振出しによる信用供与を受けたものである。

3  したがつて、ひかり通信社の被控訴会社に対する現債務は、借受金残額金一〇〇万円(各金二〇〇万円二口の残金五〇万円ずつ)及び信用供与分三〇〇万円(右各融通手形によるもの)であるところ、これらに関連して、ひかり通信社は別紙目録記載の各約束手形を含め多数の担保手形の振出し又は書替えをしており、現に被控訴会社の所持するところとなつている。

なお、ひかり通信社は、被控訴会社に対し、当初の金二〇〇万円の借受けにつき給料名下に合計金二八二万五〇〇〇円、二回目の金二〇〇万円の借受けにつきデザイン料・企画料名下に合計金二〇四万八〇〇〇円の利息(いずれも、利率は、利息制限法所定の割合を超える。)を支払つてきている。

4  以上のように、被控訴会社とひかり通信社との間では、数年間にわたり長期融資の貸借関係が続いてきたものであるところ、その間にあつてひかり通信社は多数の手形の振出し又は書替えをしたけれども、前記12以外には新規の融資は全く行われていない。右のとおりであつて、ひかり通信社において、被控訴会社との右長期融資の関係を自ら積極的に終了させなかつたからといつて、代表取締役たる控訴人に何らかの法的責任が生ずるものでもない。また、ひかり通信社には、被控訴会社から求められれば、右12に係る債務を弁済し得る能力が十分にあつたところ、たまたま取引銀行(信用金庫)からの融資の打切りと得意先(篠崎製菓株式会社)からの広告料前払の停止という二つの突発事故が重なつたため、昭和四八年一〇月一日、ひかり通信社は、やむなく銀行取引停止処分を受けるに至つたものである。

四証拠<省略>

理由

一まず、民法七〇九条の不法行為の成否につき考えに、控訴人が訴外株式会社ひかり通信社の代表取締役をしており、同社と被控訴会社とが順調な取引をしていたこと、及びひかり通信社が別紙目録記載の各約束手形の振出し又は書替えをしたことは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、ひかり通信社と被控訴会社とはともに広告関係のほぼ同様の業種を扱い、ひかり通信社から仕事の一部を被控訴会社に回したりしていたこと、ひかり通信社は、被控訴会社から、昭和四五年一二月現金で金二〇〇万円を借り受けたのを初めとして、多い時で金五〇〇万円程度・少ない時で金二〇〇万円程度の融資を受けていたこと、その内訳は、右のように現金で借り受けたほか、相互に約束手形を交換し、被控訴会社では自己振出しの手形の支払をしたのに対し、ひかり通信社ではそれができずに負債として残つたものもあること、別紙目録記載(一)の約束手形は、初め右昭和四五年一二月の借受けに際し振り出されたものであるが、その返済後、被控訴会社から受けている右の融資を返済するための担保手形に切り替えられたものであること、ひかり通信社では昭和四八年七月下旬ごろから金融が逼迫し始めたが、右目録記載の各約束手形の振出し又は書替えをしたのもほぼこの時期であること、その際新規融資が現実に行われたのではなく、書替手形を振り出し又は従前の手形の満期欄そのものを訂正し(同目録記載(一)、(三)、(五)の各手形の場合)て従前の手形を延期したにすぎないこと等の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

別紙目録記載の各約束手形の振出し又は書替えに至る事情は、右認定のとおりであるところ、金融が逼迫した際に右のようにして従前の手形を延期することは、延期後の手形の支払能力に不安があり、したがつて、支払う意思なくして手形の振出し又は書替えをしたものとして、不法行為が成立するもののごとくである。しかしながら、この場合には、右に認定したように新規の融資等は行われず、手形振出し又は書替えに対する対価は全く支出されていないのであるから、相手方には何らの損害も生じていないというほかはない。もつとも、従前の手形の延期がなければ、これを取立てに回して回収を図り得る余地があつたことを理由に、その喪失を損害とする見解も考えられないではない。しかしながら、従前の手形を取立てに回して回収するということは、金銭債権の実現以外の何物でもないところ、およそ、金銭債権の実現は、当該時点における債務者の一般財産に対する期待(一般財産をもつて債務の引当てとすること)の上に成り立つているものであり、一方、債務者の一般財産は、常に変動するものであることはいうまでもない。したがつて、金銭債権にあつては、ある時点ではその完全な回収が可能であつたのが後の時点では必ずしもそうでないという事態はまれではなく、むしろ、かかる事態を本来予定しているものというべきであるから、時を異にして完全な回収ができたりできなかつたりしても、その差額をもつて損害と目することは到底不可能である。このことは、当該金銭債権が手形債権であり、債務者においては、従前の手形の満期の時点では手形の決済資金を用意し得たのが、延期後の手形についてはその用意ができなかつたという場合においても何ら異なるところはない。この場合に、債権者の意識としては手形の延期によつて回収不能という損害を被つたと感ずるであろうけれども、かような回収不能も一般財産の減少によるものにほかならないから、手形の延期によつて被つた損害とすることはできない。

右の点につき、第三者が債務者の財産を損壊し若しくは隠匿し、又は虚偽の債権証書を作成して差押えをするという態様で債務者の一般財産を減少させたときは、不法行為が成立するとする判例・学説もあり、この場合には、右の態様による一般財産の減少に伴う債権の回収不能は、金銭債権において本来予定されているところではないから、これを損害ととらえて不法行為の成立を認め得る余地も存するところではある。ところが、本件においては、右のような態様における不法行為の成立を認めることができるような証拠はないのみならず、一般に、金融に窮した当面の急場をしのぐために手形を延期することは常時見受けられるところであり、これが特に違法視されているわけではないから、延期後の手形の支払能力に不安があつたとしても、かかる行為につき不法行為の成立を認めることのできないことはいうまでもない。

以上のように、被控訴会社は、ひかり通信社から別紙目録記載の各約束手形の振出し又は書替えを受けたことによつて何らかの損害を被つたものでもなく、また、ひかり通信社が右各手形の振出し又は書替えによつて従前の手形を延期したことについては、その間に不法行為を構成すべき要素も存在しない。したがつて、ひかり通信社の代表取締役たる控訴人に不法行為の成立する余地も存しない。

二次に、商法二六六条ノ三による責任の成否について考えるに、右一で詳しく説示したように、被控訴会社は、ひかり通信社から別紙目録記載の各約束手形の振出し又は書替えを受けたこと自体によつては、何らの損害も被つていないのみならず、本件の全証拠によつても、控訴人の悪意又は重大な過失による任務懈怠の事実を認めることはできないから、控訴人に右商法の規定による責任を生ずるいわれもない。

三被控訴人の本件損害賠償請求は民法七〇九条と商法二六六条ノ三の両法条を根拠とし、二個の請求がいわゆる選択的併合の関係にあるものと解されるところ、以上に説示した理由により、右各請求は、いずれも全部失当とすべきである。

しかるに、原判決は、右各請求のうち、商法二六六条ノ三による請求を一部認容しているので、この部分は不当であるから取り消し、該部分の請求及び民法七〇九条による請求を棄却する。また、被控訴人は、原判決が商法二六六条ノ三による請求を一部棄却した部分につき、事実欄摘示の限度で請求の認容を求める附帯控訴を申し立てているが、この点に関する限り原判決は相当であるから、右附帯控訴は棄却を免れない。<以下、省略>

(岡松行雄 賀集唱 木村輝武)

別紙目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例